
トップの風景に写る船は、現在日和山公園内の池に浮かぶ北前船。実際航海していたものの1/2で製作された国内最大級の模型船です。
<日和山公園と北前船>
◆日和山公園◆
日和山はもともと、湊の近くの丘にあり、船頭がここに上がって日和を見たり、春ともなり諸国の海船が酒田湊へ入る頃ともなれば廻船問屋の小僧たちがここに来て遠めがねで沖の方を見、客船張でかねて覚えているお得意の海船を保印でいち早く見つけると、春風を切って本町通りをかけて、旦那に来船を告げるのである。
文化10年(1813)には紀州日方村浦の船頭橋本屋源助らが常夜灯を建て入船の目標としています。日和山公園にはかつての酒田湊の賑わいを物語る海事史上の遺跡や遺物が残されています。
◆北前船◆
江戸時代中頃から明治中期まで蝦夷地(北海道)と上方(大阪)との間を買い積みをして航海した船のことである。
寛文12年(1672)、幕府の命令を受けた河村瑞賢は最上川流域の幕府領で取れた幕僚米を酒田から江戸へ運ぶ「西回り航路」を整備し、その幕僚米積出港の起点を酒田湊と決定。酒田湊は大阪交通の海路の賑わいのため飛躍的に発展しました。
河村瑞賢はひとまず最上川舟運を利用して積出港の酒田に集積させる事にし、現在の日和山公園の西側に村山地方から川下げられる幕僚米置場として東西八十三間、南北五十三間の専用倉庫をわずか1ヶ月で造り上げました。それが「瑞賢倉」です。
米以外でも出羽の紅花を積み、帰りにはその紅花で染めた京友禅や雛人形などの文化を運んできました。
◉「酒田ブラン」立ち読みギャラリー【Vo.2〜Vol.1】
「酒田ブラン」Vol.2はA4サイズ.総ページ64ページ、フルカラーの酒田の歴史を MAPで巡る「街歩きマップブック」です。
湊町のかつての賑わいを是非「酒田ブラン」片手に酒田の歴史ロマンをご堪能ください。また、港まで足を伸ばすと、心地よい風を感じます。
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